2017年4月26日水曜日

ノースカロライナ州在住のMargie さんから昨日届いたメールでは、昔からの空手の弟子/友人のFrank Peoples 君は、鼠蹊(そけい)部の血管から微細な針金状の光学繊維(small fiber optic wire)を挿入して心臓と循環系の検査をする予定とのことでした。Frank 君は肺から水を抜くことには成功しましたが、呼吸が苦しくてベッドに横になっては眠れないので、椅子に座ったままで寝ているとのことでした。
その後今日届いたメールでは、検査の結果動脈に血栓が見つかったのでそれを取り除いて、血管を広げるスティントと呼ばれる管を挿入したとのことです。今夜は病院に一泊して、明日息子のDanny 君(ノースカロライナ州の海岸近くの町に住んでいる)が迎えに来て父親のFrank 君を家に連れて帰るそうです。
Frank 君は私より5才年下ですが、息子と娘は結婚して孫もできて、長年連れ添った奥さんが昨年亡くなって、急に生きる目標が無くなって気力と体が弱くなってきたのかもしれません。

道場で空手の稽古と筋力トレーニングを1時間ちょっとしました。サンドバッグを蹴る回数を少し増やしたり、基本の突きや蹴りの稽古も少し増やしたりしていますが、まだまだです。風が強かったことと、他に自宅で机に向かってやりたい仕事もありましたので、今日はウォーキング/ジョギングはしませんでした。

2017年4月25日火曜日

大網白里市の萱場(かやば)の辺りは早場米の産地ですが、前回視察に寄った時には代掻(しろか)きは済んでいましたが田植えは未だでした。もう4月も下旬ですので、再度様子を見に行ってきました。
途中の金谷郷には製材所があります。スギかヒノキの大木の丸太が積んであったということは、房総半島にはまだこんな大木が伐採できる山が残っているのでしょう。
水田にはカルガモが来ていました。
田植えが済んだりっぱな水田が広がっていましたが、残念ながら耕作放棄水田もあり、こんな地の利のいいところでもったいないなと思いました。結局今の農業(特に稲作)は収入が少なく職業として魅力がないので、後継者が段々いなくなっているのでしょう。














両総用水というのは利根川から一の宮川までの幹線78Kmと支線155Kmの農業用灌漑水路で、1943年(昭和18年)に事業化して1965年(昭和40年)に竣工したようです。
https://www.pref.chiba.lg.jp/ap-sanbu/sanbu/ryousouyousui/shashin/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%A1%E7%B7%8F%E7%94%A8%E6%B0%B4
大網白里市金谷郷の平場を通っていますが、今では暗渠になってコンクリートで蓋をされているので水は見えません。




萱場には上熊野神社の手前に水田が広がっていますが、シラサギ(チュウサギと思われる)の群れが来ていました。
砂田(いさごだ)ではあちこちの水田がムギ畑(二条麦=ビール麦)に代わっていました。減反の代わりにムギを植えることで補助金がでるのでしょう。前回寄った時はまだムギかどうかわかりませんでしたので、何か緑肥作物かなと思いました。




 


 
砂田では多くの農家の屋敷が空き家になっています。一軒の農家では門構えのクロマツが植栽してありましたが、1本は枯死していました。枯死原因を探るために今度農家の了解を得て、材片を採取させてもらってマツノザイセンチュウ陽性かどうかDNA診断をしてみたい気がします。





千葉大学現職の時に何年間にもわたって棚田を使わせてもらって農薬の生態影響調査をさせてもらった林さんの旧母屋には、竹の子が生えていたり、花木が植えてあったり、サトイモ(今は収穫の時期ではないので昨年収穫して貯蔵しておいた?)が天日干ししてありました。昔棚田だったところは今は耕地整理されていますが、久し振りにニホンアカガエルを見ました。
ビニールハウスにはイネ苗が準備されていましたので、これから田植えをするのでしょう。畑にはイチゴの他に各1本ずつですから自家消費用でしょうか、クり、ナシ、キウイの苗木が植えてありました。













松戸には午後4時頃帰ってきましたので、少しでもトレーニングの距離を稼ごうと思ってそれから着替えて水元公園Cブロックにウォーキング/ジョギングに行きました。
葛飾橋の下の芝張り工事をしたところでは、芝が芽を出し始めて市松模様になっていました。サッカー場ではチビッコサッカー教室が開かれていて、子供たちがコーチの指導で元気に走り回っていました。
不動池ではまるで私を待っていたかのようにカワセミが目の前の小枝に飛んできて、間もなく飛び去りました。
広場の藤棚では藤の花が綺麗に咲いていました。









2017年4月24日月曜日

有機JAS資材評価協議会の検査員・判定員研修会は、JR山手線高田馬場駅から徒歩4分の場所にある世界救世教いずのめ教団東京のビルのセミナー室で9:00~17:00に開催予定でしたので、方向音痴ですぐ道に迷う私は早目に30分ぐらい前に着くように松戸の自宅を出発しました。ところが電車が高田馬場駅の1つ手前の駅で止まって、渋谷駅で線路に人が立ち入ったため安全を確認していますというアナウンスがあり、結局約30分停車したままになってしまいました。山手線のように環状に走っている路線の場合は、1ケ所でこのようなトラブルが起こると上りも下りも(右回りも左回りも)止まってしまって、簡単に交通網が麻痺してしまうということがわかりました。
私はギリギリ9時に会場に到着できましたが、何人かの参加予定者は影響を受けて遅れて到着しました。
私は農薬分野の顧問という立場ですが、肥料分野の顧問も出席していて、その他にFAMIC(独立行政法人農林水産消費安全技術センター)の企画検査部の主任調査官も会議出席という名目で出席して、日本農林規格の一部改正で何が変わるか解説をしました。
資材の業者(メーカー又は販売者)から有機JAS資材として適合かどうか審査をしてほしいという申請があると、1名の検査員が検査に当たり、検査の結果を3名の判定員が判定するという仕組みで、通常の審査期間は3ケ月(検査2ケ月+判定1ケ月)となっています。主に、業者から提出された書類に基づいて検査が行われますが、不明な点は追加資料や証拠の提出を求めたり、現地視察を行ったりして、審査手続きはかなり精緻なマニュアル(ガイドライン)ができていて、想像していた以上に厳密な審査が行われているということがわかりました。それでも、判定員の間で判断が
振れる場合もありますので、その場合は顧問の意見も聞いた上で、検査員・判定員の多数決で決めるということになっていました。
研修会には北海道や九州など地方からも参加していましたが、研修会終了後に近くの飲み屋で懇親会があり、群馬県の嬬恋(つまごい)でキャベツ・バレイショ・ハナマメを20数ヘクタール栽培しながら検査員をしている人(千葉大学園芸学部を2008年に卒業)を紹介されました。彼自身は有機農業をしている訳ではありませんが、現場で実際に農業をやっているこういう卒業生と出会えたことは大きな収穫でした。
セミナー室はビルのB2フロアにありましたが、前の廊下には生け花が展示してあり、素敵でした。








高田馬場は学生が多いせいか、昼休みに近くを散布してみたら、大勢の人で賑わい活気に溢れている町の印象でした。
私も高校を卒業して浪人時代は御茶ノ水の駅の近くにあった予備校に通っていましたので、神田の本屋街のような賑わいのある町をよく歩いていましたが、この年齢になるといつもウォーキング/ジョギングをする松戸の江戸川堤防沿いの自然が残っている景色の方がよくなりました。昨日は江戸川流水路として造成されたふれあい松戸川の岸辺でヤナギの花穂と綿毛がまるで吹雪のように舞って、水面を覆っていました。







少し茂みになっているところに足を踏み入れたら、3mぐらい先に横顔がコリー犬のような毛深い犬に見えた動物に出会いました。向こうも私に気がついて近くの藪(やぶ)に入りましたが、正面から顔を見たらまぎれもないタヌキでした。
草むらには、カワウかカモの類が捕獲したのかわかりませんが、内臓だけ突いて食べたような魚の死骸もありました。
タヌキもキジも人里近くで棲息すると言われていますが、いつもウォーキング/ジョギングしているこんな身近にいると想像するだけで楽しくなります。